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広島の原爆投下から60周年です

腹が痛いなどとぬかしてる間に、この瞬間についてすっかりとわすれてしまっていました。
また大切なことを「忙しい」とか言ってるからわすれてしまった。。。反省です。

8月6日、この日からすでにもう60年もたっているんだ、なんて実感はもちろんありません。まだ20歳の俺にとって、原爆の恐ろしさを語れるわけもなく、原爆の何がわかっているわけでもないけど。でももう60年、と聞くと勝手にその長さと、それでも今なおその後遺症に苦しむ方々の存在とを考えればとても大変なことだったんだ、と思います。
正直、体験していないし身近に被爆された方がいたわけでもない俺には、原爆のことについてなかなか考えにくいところがあります。戦争体験者の今は亡き祖父や、またその親類、近所のおじいさんたちからは話を聞いたことがあります。でもなかなか語りたがらないこともありました。

この平和な時代に生まれた僕らは、歌にもあるように、本当に戦争を知らない。戦争を知らずに僕らは生まれて、戦争を知らずに僕らは育った。でも、それでも私たちの世代は、今なおまだ生きておられる戦争体験者の方々から直に話を聞くことができます。これは何にも代えて貴重なことだと思う。それがあと20年もしないうちに、直接の体験談を聞くことすらできなくなってしまうからです。私たちは、今、最後の世代。戦争という平和ではなかった時代に生きた人々の本当の気持ちを、考えを、そしてこれからの未来へ想う気持ちを直接聞くことができる最後の世代。カナダで俺はアウシュビッツに入っていたユダヤ系の人から直接その恐ろしかった日々のこと、周りで死にゆく友人のことを聞きました。カナダで迫害を受けた日系カナディアンに俺は直接会うことが出来て、そしてその方々からいかにそれが悲惨であったのか、隣人が敵に変わった日のことを、直に聞いてきました。

それはまだ数十年前の話。決して遠い昔の話ではないんです。

それは私たちのおじいさんおばあさんの若かった頃、もっと最近のルワンダの内戦などは母や父が若かった頃の話。

二度と繰り返さないためにも。
私たちが知る必要がある。
過去から学ぶ。そこから未来へとつないでいく。

歴史を学ぶことは、ただ単に過去の出来事を羅列していくのではなく、そこにある教訓や教え、またはその出来事を通して私たちは未来へ何を学ぶことができるのか、それを考えてこそ、歴史を学ぶ意義があります。受験勉強の意味のなさは、その一番大切な部分を、「暗記」という無意味さですりかえてしまうことです。何年に何がおきたか、よりも、どうしてそれが起こったのか、そんなことを考えていかないと、歴史を学ぶ意味がない。

今こそ、そのとき。
ここから、はじめられることがあるはず。

だから俺は歴史教科書の活動を続けます。
過去に学び、未来へとつなぐ。

まだまだ学ぶべきことはたくさんあります。
日本からも、海外からも。

歴史の因果にとらわれないでいられる私たちの世代だからこそ、
この活動を通して広げて生きたい、歴史を学ぶことの大切さを。

明日は長崎の原爆投下から60年です。
明日こそは、黙祷したいと思います。
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by canadian_dreaming | 2005-08-08 23:36 | kokoro no tizu
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